欲にはたらく米
米の油分に含まれる「γガンマ-オリザノール」が、動物性脂肪を食べたくなるような“ 脳内ストレス” を減らし、さらに、“ おいしさや幸福感を感じる力” を高めることがわかってきました。
動物性脂肪を求める欲求をダブルでブロックすることで、糖尿病や肥満症の予防や改善に役立つことが期待されています。
玄米由来成分・γガンマ-オリザノールを活用する
脳機能改善アプローチ
- 益崎 裕章 Hiroaki Masuzaki
- 琉球大学大学院 医学研究科 内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座(第二内科) 教授
最新研究の
ポイント
米(玄米)に含まれるγ-オリザノールが動物脂肪を求めるようなある種の脳のストレスを抑え、かつ、快感を受容する機能を改善する効果があることが新たに明らかになってきた。
日本人が古来、慣れ親しんできた米の中に優れた抗メタボ物質が豊富に含まれていることは極めて重要な知見であり、和食の知恵を活かし、実効性に乏しい無理なダイエット依存から脱却して糖尿病や肥満症を予防・改善する新しい医療の展開が期待される。
玄米由来成分をめぐる分子栄養学
「天然の完全食」と呼ばれる米(玄米)にはビタミンやミネラル、種々の抗酸化性物質、微量元素、食物繊維をはじめ、実に多彩な機能成分が含まれている。筆者らの研究チームが沖縄県在住のメタボリックシンドローム男性を対象に実施した臨床試験の結果から、玄米食による血管内皮機能改善効果や脂肪肝改善効果、体重減少効果、さらにはジャンクフード、ファストフードなどの高動物脂肪食を敬遠する効果が臨床的に実証された。
また、マウスを用いた一連の研究から、慢性的な動物性脂肪の過剰摂取によって亢進する食欲中枢・視床下部の小胞体ストレス(ERストレス)が動物性脂肪に対する嗜好性をさらに高め、動物脂肪食依存に陥る悪循環のメカニズムが明らかになった。とりわけ、さまざまな天然食品の中で、玄米のみに特異的かつ高濃度に含有される機能成分、γ-オリザノールは生体内で分子シャペロン(タンパク質の構造形成や修復に関与する特殊なタンパク質)として機能し、視床下部のERストレスを軽減して動物性脂肪への依存を緩和することがマウス実験から証明された(図1)。
肥満者の脳に生じる慢性炎症と脳機能の異常
動物性脂肪の過剰摂取は脂肪細胞由来ホルモン「レプチン」の作用を減弱させ、減量を困難にさせることが知られている。食欲中枢・視床下部における弓状核が主たる管制塔となってホルモン・自律神経系が担う食欲の恒常性維持を統御している(メタボリック・ハンガー調節系)。
また一方で、動物性脂肪の過剰摂取は視床下部の炎症や細胞ストレス(ERストレスや酸化ストレス)を惹起し、メタボリック・ハンガー調節系の機能を麻痺させ、個体にとって必要な摂取カロリーを脳が正しく判断出来ない状態に陥る。例えてみると、脳があたかもハッキングを受けて、動物性脂肪を過剰に求めるような状態である。
動物性脂肪依存の脳内分子機構
マウスを48時間絶食させた後、高炭水化物餌と高動物脂肪餌を並べて給餌するとマウスは低血糖状態を回避すべく、ほぼ100%、血糖値を上げるために高炭水化物餌のほうを選択する。
一方、高動物脂肪餌を与えて肥満させたマウスに対して同様の実験をすると、低血糖にもかかわらず、マウスは高炭水化物餌ではなく再び、高動物脂肪餌を選択する。慢性的な動物性脂肪の過剰摂取により、身体が今どの餌を選ぶべきか、どれくらいのカロリーを必要としているのか、脳による正しい判断が出来なくなってしまう現象が再現できる。
筆者らの研究グループによる一連のマウス実験から、動物脂肪餌に対する嗜好性には視床下部のERストレスが大きな影響を与えていることが明らかとなっている。動物脂肪の過剰摂取は視床下部におけるERストレスを上昇させ、上昇したERストレスが動物脂肪に対する嗜好性をさらに強化するという悪循環が形成される。
マウスに通常餌と高脂肪餌を同時に与え、自由に選択させる実験において、分子シャペロンとして機能する4フェニル酪酸を同時に投与しておくと高脂肪餌を選択する割合が有意に減少し、肥満や高血糖が緩和されることも明らかになっている。
“米の油”を名に冠するγ-オリザノールの実力
食品が食行動に及ぼす影響を探索する過程で、かつての健康長寿を支えてきた沖縄シニア世代が好んで食べていた玄米の中に特異的かつ高濃度に含まれる機能成分、γ-オリザノールに注目した。
コメの学名はOryza Sativa であり、“コメの油”という名称を冠するγ-オリザノールは、1953年に我が国の研究者である土屋、金子らにより玄米中から世界で初めて分離抽出された。
γ-オリザノールは数種のトリテルペンアルコールのフェルラ酸エステル化合物であり、天然食品の中では米糠中にほぼ特異的かつ圧倒的な高濃度で含まれている。
そして、γ-オリザノールは分子シャペロンとして機能し、慢性的な動物脂肪の過剰摂取によって視床下部で亢進するERストレスを低下させ、動物脂肪に対する依存性を軽減し、糖脂質代謝異常やインスリン抵抗性を改善することをマウス実験で明らかにした。
玄米は抗酸化物質、食物繊維、ビタミン、ミネラル、脂質など多彩な栄養機能成分をバランス良く豊富に含んでおり、食後高血糖を抑制する低GI(glycemic index)食品としても注目されている。
脳にそのまま届きストレスを和らげる
マウス実験から、経口投与されたγ-オリザノールの一部はエステル結合を保持した完全体のまま高濃度で脳に分布することが判明しており、視床下部におけるERストレスの軽減や報酬系におけるゲノム修飾効果など実に多彩な作用を発揮する。
私達は動物性脂肪に対する嗜好性をマウスで評価する方法としてマウスに通常餌と高動物脂肪餌を同時に与え、自由に選択させる実験を行った。マウスはヒトと同様、動物性脂肪に対する嗜好性が極めて強く、通常餌と動物脂肪餌を同時に給餌して選択させると、ほぼ100%動物脂肪餌を嗜好し、肥満をきたす。
一方、マウスに与える通常餌、動物脂肪餌の炭水化物の一部を同等カロリーの玄米粉末で置換した餌を作成してマウスに与えたところ、動物脂肪餌に対する嗜好性が有意に軽減され(約20%)、結果的に、マウスの肥満や糖・脂質代謝異常が顕著に改善した(図2)。
動物脂肪に対する依存と脳内報酬系の関わり
さらに最近の研究で、γ-オリザノールが脳内報酬系に働きかけて、食事の美味しさや満腹による幸せ感を受け取るドパミン受容体の機能を高めることを分子レベルで初めて明らかした(図3)。
以上のように、米に含まれるγ-オリザノールには、食欲をつかさどる視床下部に作用すること、および、動物性脂肪への嗜好性を抑制し、さらに脳内報酬系に働きかけて、おいしさや幸福感を生み出すドパミン受容体の機能を高める作用があることが明らかになった。
まさに“満足できない脳”を“足るを知る脳”に変える機能を持つことを示せたといえる。今後も米に含有される多彩な有効成分がもつ作用機構が分子レベルで解明され、脳機能や腸内細菌に与える効果の全容が明らかになれば、健康長寿大国の復活に大きな役割を果たすことができると期待される。